June bride と深夜のタクシー

雨の多いこの季節になると、決まって思い出すことがあります。


あれは、5年ほど前、わたしが大阪へ友人の結婚式・二次会に参加した日のこと。
その日も、朝からあいにくの雨模様でした。



久しぶりに会う友人と話も弾んだことと、
あまりにも、素敵な結婚式だったことも重なって
わたしまで、嬉しくなって、
つい勧められるまま、お酒を飲んでしまい、
かなりいい感じになっていました。



気が付けば、すでに12時を回っていました。
酔っていたこともあって、時間の感覚がなくなっていたのかもしれません。



「電車は走れば最終電車に間に合うかもしれないけど、
少し雨が降ってるし、この場所からは、ちょっと厳しいかも。。。」



少し慌てながら、お店を出て、歩きだしましたが、
その時点で、帰る術は、すでに「タクシー」しか選択肢はありませんでした。



「大阪のタクシーは、¥5,000を超えると、半額になるし、
ちょっと贅沢だけど、今日は、お祝いってこともあるし、まあ、いっか!」



そんなことを考えながら、目の前にドアを開いて、
停まっていたタクシーに乗り込みました。




「どちらまでですか?」



「神戸の北区です。よろしくお願いします」



「北区ですね。はい。わかりました」



タクシーは大阪の街中を抜け、神戸方面へ向かって走り出しました。



一人になって、さらに、酔いが回ってきたようで
車の走るタイヤの音も遠くに感じます。



「綺麗なドレスですね。今日は結婚式か何かですか?」



「そうです。仲良しの友人の結婚式でした。アットホームな雰囲気でしたし、
とっても素敵で、わたしも感動しました」



「そうですか。それは、よかったですね。
今から高速道路で神戸線へ入りますが、もしお急ぎでなければ、
湾岸線を通ってもいいでしょうか?
神戸の北区まででしたら、料金は確実に1万円超えになるでしょうが、
今日は特別に、1万円ジャストに、おまけさせていただきますから〜」



ちょっと、不思議な感じもしましたが、あまり深く捉えることもなく、
心の中で「ラッキー〜☆」ってつぶやきました。



大阪線から湾岸線に合流し、左手に弁天町の観覧車が観えてきたころ、




「JAZZはお好きですか?」




「はい。ダイアナクラールとか結構好きで、良く聴いたりしています」




そういうと、運転手さんは、おもむろに、ステレオのスイッチを入れました。
車内に流れ出した、スイングJAZZの響きと、走る車景色から見える
湾岸線の流れていくオレジ色の電灯と海沿いの綺麗な夜景がとても、
マッチしていて、リラックスした、ふわ〜とした温かな雰囲気に包まれました。




しばしの沈黙の後、運転手さんが、バックミラー越しに、
時折わたしに目をくばり、ゆっくりと話を始めました。





「実はですね、今日、僕のタクシードライバー歴35年の最後の日なんです。
人生のほとんどを、ドライバー一筋で働いて、ホントにいろいろなことがありました。
いいことも、いっぱいあったし、嫌なこともいっぱいあった。
でもね、この仕事のお陰で、立派に子供を2人、
育て上げることができたんです。
それが、もう終わりだと思うと、少し寂しくも思います。
その寂しい気持ちとは、逆に、人生最後のお客さんは、
いったいどんな人なんだろうか?とずっと楽しみに
待ちわびていたんです。
男性なんだろうか?女性なんだろうか?
どんな雰囲気の人なんだろうか? なんてね〜。
お譲さんが、乗車くださって、神戸までと言ってくれたとき、
涙が出そうになりましたよ。最後のお客さんが、お譲さんで、
僕はとっても、嬉しいんです。
ありがとう! ホントにありがとう!!」



バックミラーには、運転手さんの、くしゃっとなった笑顔がありました。




あまりにも、突然な告白で、わたしも胸が詰まって、
その話をただ、うなずきながらしか聞くことが出来ず、
自宅へ着くまでの間、周りの景色も潤んで見えませんでした。




こんな雨の日には、運転手さんのその笑顔、湾岸線の景色、
その時流れていたJAZZの音色をふと想い出してしまうのです。



あの運転手さん、今頃どうしてるのかな?





別れ際に、運転手さんと最後に交わした言葉・・・





「長い間、お仕事ごくろうさまでした! お逢い出来てよかったです」




「人生ってね、捨てたもんじゃないよ・・・」