やまとなでしこ

昨日、急な仕事で、山科へ行くことになり、向かう電車へ乗っていた車中での出来事。


昼過ぎの時間帯で、比較的車内は空いていたこともあり、
わたしは、進行方向、二人席に掛けていました。
日差しが時折、窓辺に差し込んできて、暖かく、適度な揺れで、車内のお客さんのほとんどが、うとうとしている、とても静かで穏やかな車内でした。



高槻駅を過ぎた頃、後ろの座席から、話声が聞こえてきました。
人と話をしている様子ではなく、携帯電話で話をしているようです。


話内容から推測すると、声の主は50代の男性で、仕事は、店舗の内装もしくは、リホーム関連?!、電話の相手は仕事の取引先で、電車の中ということもあり、少し躊躇した雰囲気でしたが、どうしても、相手からの電話を受け入れなくてはいけないといった状況でした。


その会話の中で、男性が何度も何度も、「すみません」「すみません」と言っているのを聞いて、その言葉が、わたしの心に疑問として残りました。



電話の相手から、クレームらしき内容を言われている感じではなく、
会話のニュアンスからして、

「すみません」=「ありがとうございます」

ということなのだと理解しました。

なのに、この男性は、悪いことをしていないのにも関わらず、謝っているのでしょう?



その後、時間が経ち、わたしの席の隣に座っていた男性が、京都駅で降りようとしたところ、ジャケットのポケットから、キーケースが転がり落ちました。
男性は、それに気付くこともなく、電車のドアへ移動しようとしていました。


「このまま、降りてしまえば、困るだろうな・・・」と思ったわたしは、とっさに男性の後ろを追っかけて、「これ、落としましたよ」 と、キーケースを渡しました。


すると、その男性も 「あっ、すみません」 と答えたのです。



一瞬わたしは、男性に何か悪いことでもしたような気持になってしまいました。
「謝りの国、ニッポン」と言われる光景がそこにありました。



日本人の良い部分として、「謙虚である」というのが挙げられます。
こういった、シチュエーションの場合、謝る形がお礼(謙虚)の現れという見方もあるのかもしれません。


やはり、お礼であれば、「ありがとう」が適切な言葉だと思うのです。


もしあの時、「ありがとうございます!」って言われていたのなら、きっと、やわらかな気持になっていたことでしょう。
その言葉で、残りの半日を素敵な気持で、過ごせていられてたのかも。



同じニュアンスでも、言葉の選択で全く違う、影響を相手に与えてしまうのです。 
不思議ですね。



「言葉もエネルギーである」と、わたしは考えています。
良い言葉からは、質の高いエネルギーを発し、汚い言葉からは、悪いエネルギーを発しているのではないか?と思っています。


毎日、いろいろな方達とお会いし、お話させていただく機会が多いので、出来る限り、聞き覚えの良い言葉(ポジティブに感じる言葉)を、意識的に使うようにしています。

聞き覚えの良い言葉を使っている人は、元気で明るいし、ポジティブですから、そういう方には魅力を感じますし、わたし自身も、そうでありたいと思うからです。



日本語は、同じ意味であっても沢山の言い回しがあり、言葉自体に文化を持つ
世界的にみても、特別な言語だと言えます。

日本には「言霊」(ことだま)という言葉もあります。

そんな国だからこそ、美しい言葉を大切にしていきたいと思うのです。



四季のある素敵な国で、凛とした立ち振る舞いができ、美しい日本語をまとえる、
やまとなでしこ」であることが、わたしの理想の女性の姿なのです。